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『女は二度決断する』観ました。


『女は二度決断する』観ました。

2018.4.19    シネマート心斎橋

ドイツ人のカティヤはトルコ移民のヌーリと獄中で結婚式をあげます。その後出所してきたヌーリとカティヤの間に男の子が生まれ、普通に幸せな家庭を築いていました。友達と食事に出かける予定だったカティヤは自分のオフィスで仕事をしているヌーリに息子を預け、車で出ていきます。カティヤは友人との楽しい時間を過ごしたあと、ヌーリのオフィスに向かうと、そのあたりが騒然としています。ヌーリのオフィスの前で爆発事件が起こり、息子も夫も爆発で亡くなってしまいました。悲しみに更けるヌーリですが、事件の調査が始まります。

カティヤが息子を預けたときに見かけた自転車の女が、どうも不自然であったというカティヤの記憶から、その女ともう一人の関係者である男が逮捕されます。その二人が容疑者となり、裁判が始まります。裁判に勝つため、家族の仇をとるためにカティヤは弁護士と裁判にいどみます。しかし、裁判のために自分を奮い立たせても二人がいないことの悲しみは癒えません。幾度となく窮地に立たされますが、最後に勝訴となるであろうところまで持って行けたのに、裁判は負けてしまいます。

釈放された容疑者二人を許すわけにいかないカティヤは、二人への復讐を考えます。

なかなか重たい映画でした。結局この事件はヌーリを狙ったものなのですが、それはドイツ人がトルコ移民を狙ったテロ事件なのです。ヌーリがトルコ人であるから殺される、、、なかなか日本人にはイメージしにくい理屈です。ただ自分たちとルーツの違う人間だから殺してしまうなんて、まったくもって理解ができない。

これがそういうテロ事件だということがわかってから、カティヤも苦しむのです。なんで何もしていない夫や息子が殺されないといけないのか、、。なぜ私はこんなに悲しまないといけないのか、、。裁判もがんばったのに、最後は納得のいかない結末で終わりを迎え、、、。

弁護士は再審を要求しようとがんばるのですが、カティヤはもうがんばれないのです。間違いなく勝訴だろうと望みを持っていたにも関わらずどん底に突き落され、たとえもう一度裁判をやり直しても二人が帰ってこないことに変わりはないのです。

この裁判のあとのカティヤの落ち込み、、というか、もう裁判はいやだ、やっても同じだという落胆からの気持ちの切り替え、、、わかる気がします。いくら戦って勝ったとしても、勝ったという事実だけで、自分の身辺はなにも変わらないのですから。

このあと、カティヤは容疑者二人の行き先を突き止め、復讐を考え始めます。同じ目にあわせてやる、、容疑者はだれにでも作ることができる鍋を使った爆弾で爆発させました。調査のときに爆弾の作り方を知ったカティヤは材料を買い集め、爆弾を作って彼らを殺そうと爆弾を仕掛けスイッチを押す時を待つのですが、急に気変わり爆弾をまた持って帰ることにします。

彼らを殺すことを躊躇したのに、最後はまた殺すしかない、、、と決断します。でも、前とは違うやり方で殺そうとするのです。

この最後が結構ショッキングなんですが、でも、わかる気もする、、、って思いました。夫と息子を殺されたカティヤには、もう未来が考えられないんでしょうね。きっともう何もないんですよ、、。

被害者家族の身になって考えさせられる、なかなか重たいけどいい映画だと思います。

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