『ウインド・リバー』観ました。
2018.8.8 なんばパークスシネマ
監督はテイラー・シェリダン、主演はジェレミー・レナー、エリザベス・オルセン
アメリカの辺境の地、ウインド・リバーで起こる少女の殺人事件と、それをめぐるネイティブ・アメリカンの今も残る人種差別の問題を描いたサスペンス作品です。
誰も立ち入らないとされている看板をずっと進んでいくとちゃんとそこには暮らしている人たちがいます。ポツポツとではあるけれど、たしかに住居が存在し、地域として機能しています。
そこでハンターとして暮らす白人のコリーは、一面深い雪の平原で倒れている少女を見つけます。彼女はもうすでに息は絶えていて、このマイナス20度という気候なのに裸足で、額に傷もあり、口から血を流しています。この村の警官のベンに連絡し、事件を伝えます。
事件性から自分たちで動くことができずFBIに連絡しますが、そのFBIがなかなか到着せずやっと来たかと思ったら、若い女性の捜査官で、この雪深い土地の装備すらしていません。仕方がないのですべての装備を貸してやり、現場へ向かいます。
このFBI捜査官のバナーは、土地勘もないし、この雪深い土地の何もわからないので、ハンターであり第一発見者であるコリーに協力をお願いします。コリーも快く引き受け、アドバイスをしてあげながら捜査は進みます。
周りに家もないのに、いったいどこから裸足でここまで来たのか、それが謎だったのですが、検視の結果、レイプされている、殺害されたのではなく、窒息死であるということがわかります。こんな極寒の地では、マイナス20度や30度の冷気を吸い込むと、肺が寒さに耐えきれず、窒息を起こしてしまうそうです。
たぶん、どこかでレイプされ、そこから裸足で逃げて、走っている途中に窒息して死んでしまったということになりました。
この事件を捜査したいバナーなのですが、アメリカの法律ではレイプ事件ではFBIは捜査することができません。応援を呼んで本格的に捜査をしたいんですが、殺人事件ではないとFBIではない違う管轄が捜査することになってしまいます。FBIであるバナーは犯人を見つけたいので、応援を呼ばず、コリーと一緒に犯人捜しを始めます。
コリーは今は一人で暮らしているのですが、実は別れた妻がいて、まだ幼い息子が一人います。そして、数年前に亡くなった娘がいました。コリー夫婦がたまには二人だけで、、と、ホテルで二人だけで過ごしていた日に、娘の友達が親がいないからという理由で遊びに来て、友達でもない人間も来て、パーティー状態になり、気付いたら娘がいなくなっていて、行方不明者となって何の手掛かりもないままなのです。
このウインド・リバーという土地は、雪深いし果てしなく広がる平原や山ですし、コヨーテや猛獣もいて、それに今までも若い娘がいなくなるということが珍しい事件でもないので、見つかることがほとんどないというところなのです。
今回の遺体で見つかった少女の捜査は進み、掘削所に寝泊りしている彼氏がいることがわかり、警官とバナーは掘削所へ向かいます。そこで働く人たちの住居にしているトレーラーハウスを見せてほしい、その彼氏に会わせてほしい、と掘削所のリーダーらしい人間に話をすると、どうも態度がおかしい、、。
いきなり全員で銃を構え、撃ち合いになりそうになり、ここではFBIであるバナーが一番権限があるので、なんとかみんなを沈めます。しかし、いくらトレーラーのドアをノックしても開けようとせず、ドアの前に立っていたら、中からいきなり銃で撃たれます。
この映画はなかなか見ごたえありました。HPで予告編を見てから映画館で行きましたが、予告編で受ける印象と実際観た本編では、若干のニュアンスのちがいを感じたんですが、、。予告編はサスペンスの要素が大きく、本編の方は今も残るネイテヴィブアメリカンの差別ですね。
実際にここは行方不明の少女がたくさんいるそうです。警察官も6人しかいませんし、雪深いのでどこかで殺されて死体を捨てて行っても、コヨーテや動物が死体を食べてしまったり、手掛かりがなくなってしまいます。
いいように言えば、大自然の中で生きるとか、自然との共存とか、そういうことになるんでしょうけど、コリーが最後の方に言うんですが、ここでは運がいいなんていうことはない。強くなければ生きていけない。と言います。
大自然や猛獣もそうですが、村人も自衛のためや狩りのために銃やライフルを持っています。色んな危険があるし、土地の広さのわりに警官の数が少なすぎます。
この映画は第70回カンヌ映画祭「ある視点」部門で監督賞を受賞しています。テイラー・シェリダン監督は『ボーダーライン』でアメリカとメキシコの国境で麻薬カルテルを題材とした映画や『最後の追跡』という犯罪映画で第89回アカデミー賞の作品賞を含む4部門でノミネートされた、ハードな作品で有名な監督です。